社交不安症(あがり症)の治療方法を紹介
COLUMN社交不安症(あがり症)とは、人前で恥をかいたり、恥ずかしい思いをしたりすることへの強い恐怖心から、社会生活に支障を来すほどの不安・苦しみを感じる障害のことです。
かつては気の持ちようによるもので治療は必要ないと思われていました。しかし、中には医療機関などを受診したほうが良いケースもあるのです。本記事では、社交不安症の主な治療方法について詳しく解説します。
社交不安症(あがり症)の治療方法
社交不安症(あがり症)の治療方法は、大きく分けると薬物療法と認知行動療法の2つがあります。
薬物療法
社交不安症の治療に用いられる主な薬には、以下のようなものがあります。
●βブロッカー
●ベンゾジアゼピン系抗不安薬
●SSRI
●SNRI
■βブロッカー
βブロッカーとは、交感神経を活性化させるアドレナリンのβ1とβ2受容体を阻害する作用のある治療薬です。通常は高血圧の治療に用いられる薬ですが、動悸や震えなどを抑える働きもあることから、社交不安症の治療にも活用されます。
■ベンゾジアゼピン系抗不安薬
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、その名のとおり不安症状の治療に適用される薬です。抗不安や催眠、鎮静などに深く関わっているGABA受容体に結合することでGABAの活動を活性化し、さまざまな不安症状を抑える働きが期待できます。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、服用してからすぐに反応が現れはじめます。動機や震えといった身体反応を抑えるβブロッカーに対し、ベンゾジアゼピン系抗不安薬は不安そのものを抑え込めるところが大きな特徴です。
■SSRI
SSRIとは、選択的セロトニン再取り込み阻害薬のことです。セロトニンとは脳内神経伝達物質の一つで、感情をコントロールし、精神を安定させる働きがあります。セロトニンはシナプス小胞と呼ばれる器官に蓄積されており、シナプスを介して神経細胞の受容体に結合すると、シグナルが伝わる仕組みになっています。
セロトニンの働きを活性化するためには、このシグナルを増強する必要がありますが、一度放出されたセロトニンが再びシナプス小胞に取り込まれる再取り込みが発生すると、シグナルはいつまで経っても強くなりません。
SSRIを服用するとセロトニンの再取り込みが阻害され、シグナルを増強させることが可能になります。SSRIの服用を続けると、神経細胞の活性が戻ってセロトニンの濃度が徐々に上昇し、社交不安症の症状の鎮静化につながります。
■SNRI
SNRIとは、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬のことです。ノルアドレナリンとは交感神経の情報伝達に関与する神経伝達物質のことで、通常は状況に応じてバランス良く働いています。
しかしノルアドレナリンの働きが悪くなると、社交不安症をはじめとする不安障害を起こすリスクが高まります。SNRIはセロトニンとともにノルアドレナリンの再取り込みを阻害することで、シグナルを増強して社交不安症の症状の抑制をサポートするのです。
4種類の治療薬を紹介しましたが、どの薬を用いて薬物療法を行うかは、社交不安症の症状や患者本人の希望、医療機関の治療方針などによって異なります。社交不安症の治療に使われる薬には副作用のリスクもありますので、薬物療法を受ける際は医師とよく相談し、副作用についてきちんと説明を受けるようにしましょう。
認知行動療法
認知行動療法とは、認知(ものの受け取り方や考え方)に働きかける心理療法の一種です。
通常、人は自分が置かれている状況を主観的に判断して行動していますが、強いストレスを受けたり、不安障害やうつ病を発症したりしているときは、認知にずれが生じます。すると、すべての物事を悲観的に捉えるようになり、不安感やうつ症状がますます強くなっていくのです。
認知行動療法は、患者の気持ちが動揺したりつらくなったりした際の考えに着目します。そして、その考えが現実とどれくらい異なるかを検証することで、思考のバランスを取り、社会に溶け込める状態へと導いていきます。例えば電車に乗るとパニック障害が引き起こされてしまうという方であれば、セラピストが同伴して乗車して徐々に状況に慣れていけるようにします。
厚生労働省では、社交不安症の治療者向け認知行動療法マニュアルを策定し、以下のようなプロセスを認知行動療法のモデルとして提示しています(※1)。
1. アセスメント面接
2. 認知行動モデルの作成
3. 安全行動と自己注目の検討
4. 否定的な自己イメージの修正
5. 注意シフトトレーニング
6. 行動実験
7. 最悪な事態に対する他者の解釈の検討
8. 出来事の前後で繰り返しやることの検討
9. 自己イメージと結びつく記憶の意味の書き直し
※1)厚生労働省「社交不安障害(社交不安症)の認知行動療法マニュアル(治療者用)」
■1.アセスメント面接
アセスメント面接とは、患者さんの現在の情報を収集するために行う面接のことです。社交不安症と一言にいっても、その症状や原因には個人差があるため、治療方針を決めるには一人ひとりの現状をなるべく詳細に把握する必要があります。
面接はアセスメントシートなどをもとに行ないます。ここでは一例として以下のようなヒアリング項目をしましょう挙げます。
●主訴(現在困っていること)
●いつ始まったか、きっかけになる出来事等
●どのように対処してきたか
●治療に求めること
●現在の生活状況(職業や家族構成、日常生活など)
●生活歴(出生地や幼少期の家族構成、学歴、職歴、生活習慣等)
これらの情報をもとに、主訴に関する苦痛度や不安度、機能障害度がこれまでどのように変化してきたかをライフチャートにまとめた上で、主訴に対する目標設定を行います。目標は短気・中期・長期の3段階で、セッションの進行に合わせてより現実的かつ具体的な目標になるように、都度修正を加えていきます。ただし、この流れはあくまで一例であり、患者によって対応が異なることを注意しましょう。
■2. 認知行動モデルの作成
社交不安症は、認知のずれから生じる不安やうつが、さらなる障害を生み出すという悪循環によって成り立っています。
その原因を特定するために、以下などを確認しましょう。
1.典型的な不安が生じる社交場面
2.自動思考(不快な感情と共に頭に浮かぶ考えやイメージ)
3.不安感情と身体反応
4.3から生まれる自己イメージ
これらの要素について患者さん本人とよく話し合い、悪循環の流れや原因をもとに認知行動モデルの作成を行います。
■3. 安全行動と自己注目の検討
安全行動とは、恐れていることを防ぐためにやってしまう行動のことです。社交不安症の場合、他人と関わる場面を避ける、あるいは注目されないように振る舞うなどの行動を指しますが、安全行動の効果は一時的なもので、長期的にはかえって社交不安を長引かせる原因になると言われています。
また、社交不安症の人は、自分の心臓音や発汗、手の震えといった自分の心身の変化に気を取られる自己注目が起こりやすい傾向です。自己注目している状態だと、「やっぱり自分は人前に出ると緊張してしまう」などネガティブな感情を抱き続けてしまい、社交不安症を悪化させる要因となります。
安全行動と自己注目の検討では、これら二つの行動が不安を高める原因になっていることを患者さんに自覚してもらうことを目標にします。具体的には、不安を感じやすい場面や、安全行動を取る場面、取らない場面のロールプレイを行い、普段行っている安全行動や自己注目がどのような影響を及ぼしているかの自覚を促しましょう。なお、これらのやり取りは録画し、次のセッションで使用します。
■4. 否定的な自己イメージの修正>
社交不安症の方は、自分が他人の目にどう映っているかを勝手に想像し、自分の否定的なイメージを作り上げる傾向にあります。たとえば手の震えが止まらない場合、「こんなに手が震えているんだから、周りの人からも不安そうに震えているように見えるだろう」と想像したりするのです。
そうした思い込みに気付いてもらうために、3で撮影した動画を流し、実際に他者から自分がどのように見えているかを客観的に観察してもらいます。自分が想像していた姿と、実際に見えている姿のギャップに気付ければ、否定的な自己イメージが修正され、社交不安症の症状軽減につながります。
■5. 注意シフトトレーニング
自分が抱いている不安感情や、実際に起こっている身体感覚ばかりに気を取られがちな思考を外に逸らすトレーニングを行います。自分の想像ではなく目の前にいる他者の反応に注意を向けられるようになれば、常にネガティブな感情に支配されることがなくなります。
注意シフトトレーニングでは、五感を使って周囲の状況に注意を向けるため、目を閉じて耳を澄ます、周囲の匂いに集中する、触れているものの温度や感覚に意識を向けるなどの訓練を実施します。
■6. 行動実験
今まで安全行動によって恐れていた事態が起こるのを未然に回避してきた分、社交不安症の方の多くは本当に想像していた結果が訪れるのかどうかを検証する機会を持ったことがありません。
行動実験では、患者さん自身が最悪の事態を招くと予想する行動をあえて実施することで、予想した結果との間にギャップがあるかどうかを確認します。行動実験を通して、必ずしも予想したような状況にはならないことを学ぶことによって、安全行動の抑制および不安症状の軽減につなげます。
■7. 最悪な事態に対する他者の解釈の検討■
社交不安症の人は最悪な事態に陥った場合、他者から否定的に思われることをひどく怖れています。しかし、実際にはそのような状況になったとしても、必ずしも他者が創造と同じように否定的に解釈するとは限りません。
その事実を知ってもらうために、他者の考えや解釈を検証するための質問を作成し、患者さんの家族や知り合いなどに配布します。そこから得た回答をもとに、患者さんがこれまで持ち続けていた否定的な信念や想定と、他者の考え・解釈を比較し、他者が常に否定的な評価を下すわけではないことを学びます。
■8. 出来事の前後で繰り返しやることの検討
日常生活では、自分が他人の前でどのくらいうまく振る舞えたか、他者からどう思われたかについて、目に見える形で結果が提示されることはありません。そのため、社交不安症の人は自分で生み出した否定的なイメージを払拭できず、不安症状を悪化させてしまいがちです。
そうした悪循環と断ち切るために、対人場面に入る前後にどのようなことを考え、行動しているのかを洗い出し、それが本当に良い影響を及ぼしているのかを検討します。たとえば人前に出る前に、「どうせうまくいかない」と思ったり、終わった後に「やっぱりだめだった」と思い込んだりすることは、果たして自分にどのようなメリット・デメリットがあるのかを考えます。
社交不安症の人の多くは、出来事の前後に不安症状をいたずらに増長させる行動を行っていることが多いため、それらの行動にメリットがないことを気付いてもらうのが最終的なねらいです。
■9. 自己イメージと結びつく記憶の意味の書き直し
人によっては、過去の出来事が不安やうつの原因となっていることもあります。例えば、以前人前で失敗したときに笑われた経験があるなどです。患者さんにとっては思い出したくもない記憶ですが、実際にその出来事を細かく分析すると、実はたいした出来事ではなかったと再認識できる場合があります。
トラウマのきっかけになった出来事を追体験し、現在の感覚で再評価することで、過去のつらい記憶を上書きすることが可能です。
社交不安症は薬物療法と認知行動療法によって治療できる
社交不安症は、以前まで気の持ちようや個人の性格の問題として捉えられることが多い障害でした。確かに自然に改善するケースもあるのですが、一方で社交不安症特有の悪循環に陥り、いつまで経っても症状が好転しない方も少なくありません。
社交不安症の症状の度合いによっては日常生活や社会生活に大きな支障を来すこともありますので、必要に応じて薬物療法や認知行動療法などを行い、社交不安症と向き合っていきましょう。